禅語「同事」とアフガンについて考える

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アフガニスタンがタリバンに制圧され、逃げ惑う民衆の映像に衝撃を受けました。

そして、この言葉を感じました。それは「同事」という言葉です。

同事(どうじ)

【意味】

私たちは本当の意味で一人ではなく、同じ気持ち・同じ環境を共有している存在である。

相手と同じ立場に自分自身も立つ事。相手のことを理解しようとすること。「事を同じくする」ということ。

単純に時間を共有するという意味ではありません。たまたまアフガンの人々と私が同じ時代に生きているというだけではなく、私たちはすべて同じ環境を共有しています。

それが国単位、地球単位、地域単位、家族単位など、様々な単位で切ることができますが、それらの単位の中で「事を同じく」過ごしているのが私たちです。

私たちは1人ではありません。そしてあなたも。

時として、「悲しいのは自分一人」「苦しいのは私だけ」「自分だけが大変な思いをしている」と思い込んでしまいますが、そんなことはありません。

楽しみも苦しみも分かち合える人はいます。

自分をさらけ出してまだ見ぬ人と親友になれるかもしれません。

死ぬほど辛いことに直面することがこれからわたしにもあるかもしれない。

でも一人ではありません。

あなた以外の人も独りではない

視点を自分に向けると、あなた自身が決して独りぼっちの存在ではなく、様々な形で社会とかかわっていることがわかります。

一方であなたの周りのひとはどうでしょうか?

道ですれ違った老人、若者、子供。あなたの視界にすら入っていない大勢の人々。

アフガンの人、飢饉で苦しむ人、コロナ感染症で苦しむ世界中の人々。

一人ひとりが感情をもって生きている人間です。

お店でたまたま一緒になった嫌な店員、嫌な客。会社や家庭でストレスを感じる相手との人間関係。そういったあなた以外の人たちもそれぞれ一人ひとりが生きている人間です。

たまたま「事を同じくして」いあわせた人たち。

そんな相手の立場、相手の視点に立って考えてみることも大切です。

お互い頑張って生きているわけですからぶつかる必要はないはずです。お互い自分だけのことを考えたり、お互いを避ける必要はないはずです。

あなたも私も他人ですが、一人の個人です。

アフガンがどうなっていくのか、私達に何ができるのか。

想像力をフル回転させて、決して無視したり、無頓着にならずに、一つ一つの課題に向き合い生きていきます。

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